平成13年3月十三会例会


参 加 会 員
小倉 米満 黒木 祥輝 西国原博夫 上村 和幹
奥   博志 中間 利秋 井上   剛 日高   剛
植村 秀一 松田 武泰 津曲 泰作 長田 拓哉
新納 重照 安藤 博文 徳永   勤 以上15名
オ ブ ザ ー バ ー
圓山 茂  浜崎 勝  白石 真紀  黒木 靖子 

演題: 「鹿児島市長選あれこれ」
講師: 鹿児島市議会議員 うえだ 勇作 氏





 信条は、有言実行・社会主義を守ること、という市議のうえだ勇作氏の講演は市長選の裏話をしていただきました。 (^O^)とても面白い話でした。
 うえだ氏が昭和56年に鹿児島に帰ってこられて感じられたことが、まず職業選択の自由が少ない。もう一つに鹿児島人は権威主義の方が多い。っということ!つまり鹿児島人は『目に見えない(権力)何かに怯えている』。例えば社員が上司に対して怯え、また上司が経営者に対して経営者はそれを上回る権力に対して・・・このことは、ごく日常的事かもしれないのですが、そのことが悪い意味で悪循環しているということ。例えば、新しい展開を始めようとしても、いろいろな制約やさまざまな障害・必要のない精神的苦痛を 与えられる。それが、鹿児島の発展を妨げている大きな原因である。また鹿児島は狭いため職場の選択が少ないため、一度職につくと、なかなか転職のができない。不況という理由もありますが、これらの原因は、鹿児島によきリーダーがいないということ。そこで市長選の話しになるわけですが、やはりA氏とB氏の戦い。うえだ氏は、B氏になんとしてでも市長になっていただきたく何度も何度もお話したようです。A氏は今回で5期目ですが毎回の出馬表明は8月後半にされているという情報を入手し、何とかB氏に一刻でも早く表明すれば、勝算があると踏んでいたのですが、本人の決心がつかず・・・・そうこうしているうちにA氏が今までにはなく早めの(8月10日)出馬表明をされました。A氏としては後継者がいないのでは・・っということで、出馬を早められたとの事でした。うえだ氏の話では、A氏も何かを感じてのことだったのでしょう。との事。その後、B氏も出馬表明をし選挙活動がスタートした。B氏の活動は無尽くしでした。
     1.お金   2.人   3.事務所   4.物・車  etc
 うえだ氏の話では、先に出馬を表明されたA氏に対し、さまざまな団体が『がんばってください』っということで、どこも表向きではB氏を応援することが出来なくなってしまったとの事。ひとつひとつを解決していきB氏の活動はすすみ、会社廻り、ミニ集会、街頭演説 etc とにかくA氏の持ち合わせている権力に対しては、勝利は決して容易なことではないので就寝時間を削って朝から晩まで演説の毎日。まさに時間との勝負だったようです。そんな中、うえだ氏もA氏に対しメールを送り、その内容はソフトな文面で『私はB氏に市長としてなってほしい。A氏は出馬を取りやめてください。』 とても勇気の要る事だったと思います。
 結果、B氏は89,349票対87,545票で敗れてしまったわけですが、うえだ氏が考える大きな敗因は、やはり出馬が遅かった。それと2つの言葉、一つは私は保守である。二つ目は人工島に賛成である。この言葉をはっきり言いすぎたのではないだろうかとの事。あと4年間B氏を市長にするまで、うえだ氏は頑張りますとの事でも4年といわずに、鹿児島のためにもっと長く頑張って欲しいですね。(^_-)
 最後に、うえだ氏が考える政治家に最も必要な2つの心
     1.勇気   2・何が大事かという本質を見抜く力                                          以上



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