平成28年10月十三会例会

●例 会 内 容

  日 時:平成28年10月13日(火)19:30〜21:00    会場:歯科医師会館第2研修室


●講 演

鹿児島における地方創生の『リアル』

●講 師
木下 栄一氏 (21世紀地域未来研究会事務局長)
【プロフィール】
1976年、鹿児島市生まれ。池田高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、00年、鹿児島県庁に入庁。南京師範大学語学研修(03〜04年)、上海駐在(09〜12年)をはじめとして、貿易、インバウンド及び国際交流など海外事業に長年にわたり従事しているほか、鹿児島大学大学院において、国際貿易・地方経済を修める(経済学修士)。14年に県及び市町村の職員を主体とする自主勉強会(「地域政策研究会」)を立ち上げ、今年4月には県内民間企業関係者も含めた政策研究グループ「21世紀地域未来研究会」を設立。7月の県知事選挙において、両候補者のマニフェスト比較分析の記事をブログに掲載したところ大きな反響を呼んだ。来年3月を目途にNPO法人化を検討中。


講 演 内 容

   
   
  公務員に対する固定概念が覆るような有意義な講演でした。できない理由を10挙げるよりもできる1つの突破口を探す。公務員であってもイノベーションできることがあるという発想は斬新で、政策を行政だけで完結させるのではなく、地域に住むあらゆる人たちを巻き込んで、個別具体の課題解決に取り組もうとする姿勢に感銘を受けました。私たちもまた、行政や政策に積極的にかかわる「当事者」であることを思い知らされた講演でした。

私は、県庁に勤めていて現在、交通政策課の航空対策係長をしています。仕事以外のオフの時間では、公務員になりたい大学生や、実際に公務員として働いている人たちと一緒に、地域に足を運んで地域の課題を解決するにはどうすればいいかをテーマに活動しています。地域の課題を解決し、より良い地域を作りたくて公務員になったはずなのに、働けば働くほど理想とは違うことに悩んでしまう。本当に地域のために役立つ政策とは何か、公務員とはどうあるべきかなどについて研究しています。

・人生の転機
社会人になって人生の転機が3つありました。
1つは、03年に国際交流課に配属になり、語学研修で1年間、南京師範大学で勉強する機会がありました。留学生の中にはアフリカのザンビア、東南アジアのラオスなど世界各国の様々な人たちと一緒に学ぶ機会があり、様々な背景を持った人たちに刺激を受けて、多様な文化、民族、国家について深く考えるようになりました。
上海の街を歩くと、鹿児島では見られないような大きな建物が次々に立っており、日々成長する中国の姿を目の当たりにしました。その生活の中で、鹿児島経済が飲み込まれてしまうのではないかという危機感、問題意識が芽生えました。ではどうすればいいかという答えは当時の私には導き出せませんでした。周りを見れば、各国の優秀な留学生だけでなく、夜の10時まで図書館で猛勉強している中国人の学生がいます。自身の学生時代の不勉強を反省し、このとき抱いた危機感や問題意識が今に至る原点になっています。
鹿児島に帰ってから、自費で鹿児島大学の社会人大学院に進学しました。その時に学んだ経済学者・シュンペーターの言葉に「企業者はイノベーションを続けることで企業者であり続けられる」というのがありました。新しいことをどんどんやり続けていくから企業者であって、既存にあることを繰り返すのは企業者ではないという意味です。公務員もまた、新しいことに取り組むことでイノベーションができるのではないか。公務員はもうけることはできませんが、社会的に影響を及ぼせるという点で企業者になれるのではないかという可能性に気づいたのです。
また、指導教官が経済政策の専門家であったので、政策とは何かを考えるようになりました。政策とは行政や政府が執行する事業のことではない。地域や社会が抱える課題を把握、分析し、課題解決に向けた方策を企画、立案し、実現を図るプロセスが政策であると考えました。住民、企業、NPO、議員…このプロセスに関わる全ての人が当事者になれる。政策とは単に行政がやればいいというものではないということをこのときに学びました。
政策にとって、パフォーマンス(演技)はいらない。各プレーヤーが、それぞれの持っている得意分野や創意工夫を生かせる範囲を見極めて、パフォーマンス(業績)の最大化を図るのが大事なことです。個別具体の課題に向けたプロジェクトをきちんとやっていくことが政策であると考えるようになりました。

32歳の時に上海駐在員になったのが2つ目の転機です。海外駐在員とはその国、地域における県の代表です。こちらにいれば県という大きな組織に守られていますが、現地ではそれが通じません。「お前がダメなら鹿児島県がダメなんだ」と烙印を押されてしまいます。32歳にして異国の地で鹿児島県を背負うという厳しい経験をしました。
初めての部下が中国人の女性。日本では仕事が残っていれば残業するのが当たり前ですが、向こうは夕方5時になったら、たとえ仕事が残っていても帰ります。どうしても残業してもらう場合は、その理由をこちらが説明して残業をお願いするということもありました。
駐在員の仕事は、鹿児島の首長や、企業の社長らが現地に来た際に、アテンドしたり、行きたいと思っている場所への仲介をすることも多いのですが、こういった経験を通じて幅広い人脈ができました。
こちらで県職員といえばそれなりに信用してもらえますが、海外ではその肩書は通用しません。自分がどんな人間で、どんな実績があり、関わればどんなメリットがあるのかを具体的に説明できなければ相手にされません。頼れるのは32年間の経験と知識、そして行動力で猪突猛進に進むしかありませんでした。
このときの戦績は「2勝8敗」、8割が失敗、2割の成功しかできませんでした。その時は「できない理由を10探すよりも、できる1つの突破口を探す」と自分に言い聞かせていました。
「お前、もう来なくていいよ」と言われたところに、手を変え、品を変え、提案を続けているうちに、1つうまくいったことがあって、それ以降、その企業とは深い付き合いになったこともあります。
お金は使えば消えてしまいますが、人脈は使えば使うほど、広がっていくということをこのときの経験で学びました。一方で人脈は広がれば広がるほど、希薄になっていくので定期的な「メンテナンス」が必要になってきます。1年間ぐらい、ご無沙汰をしているようなら「お元気ですか」のあいさつをする。自己本位ではなく、お互いのためになるWin−Winの関係になれるよう心掛けています。

上海駐在を経験して、私自身が一皮むけたと思えた事例を一つ紹介します。2010年3月に中国からのクルーズ船が鹿児島にやってくるきっかけを作ったことがありました。上海にいて中国人の購買力のすごさを実感し、これを鹿児島に呼び込むことができないか考えていた頃、お付き合いのあったあるクルーズ船会社のマネジャーから「チャータークルーズをやりたいけど、木下さん、興味ない?」と言われました。
鹿児島にはマリンポートがありますが、「無駄な公共事業」の一つとしてやり玉に挙がっている頃です。クルーズ船が来ることはマリンポートの活用策にもなります。ぜひやってみたいと県庁の観光課に相談したら「やってもいいけど、自分の責任で」と言われました。私は上海にいるので鹿児島側の調整ができない中で、たまたま県内旅行会社の社長と以前から知り合いで、彼も「ぜひやりたい」ということで進めることになりました。
鹿児島に観光客がやってきてもイオンで買い物をすると、そのお金は、翌日に東京に吸い上げられてしまいます。中国経済の活力を鹿児島経済に取り込むために、天文館で買い物をしてもらうよう企画しました。リスクとしては中国人が逃げてしまうことや、ビザが許可されないことが考えられました。色々考えると1000万円ぐらいの損失は覚悟しないといけない。1000万円なら私と社長の2人で折半すれば500万円。そのぐらいなら一生働けば返せると覚悟を決めました。
結果的にはこのイベントは成功したと自負しています。天文館に可能性があることを示し、そのことが「みのもんたの『朝ズバ』」でも取り上げられました。ただ長期的な取り組みとして定着できなかったことには悔いが残っています。
この経験から学んだことは「きれいごとからは真の信頼関係は生まれない」ということです。共通の課題に向かって、官も民も互いに必要なリソースを出し合って、リスクを背負って、互いに真剣勝負をする中から本当の信頼関係は生まれてきます。私も、当時は県内旅行会社の社長とは何度もぶつかってケンカになったこともありましたが、官や民という建前論ではなく、プロジェクトが始まればお互いパートナーであり、何ができて何をすべきかを議論し合いながら進めていくことの大事さを学びました。

今年、知事主催の「鹿児島・シンガポール交流会議」というのを主催しました。オーチャード通りの最高層展望レストランが会場です。日本でいえば銀座の一等地のような場所で、普通に借りれば室料400〜500万円するような場所でした。
今、シンガポールの人たちも鹿児島の食材に興味を示していて、食材には枕崎の鰹節、牛肉、豚肉など鹿児島の食材をふんだんに使った料理を提供しました。鹿児島の民間業者や現地のバイヤーの人たちも来ていて、直接商談が成立したケースもありました。
地方創生が言われるようになって今や市町村レベルでも首長が現地を訪問する「トップセールス」が流行りになっていますが、こういったレセプションに出て挨拶したり、現地の観光関係者にあいさつして終わりということも多いです。このときのシンガポールとの交流会は、ただ知事があいさつして終わりの会ではなく、民間が儲かるための仕組み、商談のセッティングが大きな目的でした。「官」にできることはこういった「しかけ」を作ること。あとは民間に任せて、民間が儲かっていくためのスキームを組んでいく中でブレーキになるようなことがあればそれを取り除き、お互いにサスティナブル(持続可能)なビジネス関係を作っていくお手伝いをすることが、官の仕事だと考えます。

中国からのクルーズ船やシンガポールとの交流会などは一つのイベントとして成功でしたが、担当が変わってしまうとそこで切れてしまって継続的な関係が築けませんでした。公務員を17年間やっている中で、地域振興のために必要なのは、そこに住む個人の力をどう伸ばしていくかということが重要であると気づきました。組織全体の向上のためにも個々の資質の向上の必要性を感じました。
17年間で後輩を2人亡くしました。自分自身は社会人大学院で学んだり、いろんな経験から地域振興のために何をすればいいかは学んだつもりでしたが、後輩たちに何を伝えてきたのかを省みました。そこからキャリア・カウンセラーの取得につながり、今、私の「2枚目の名刺」である公務員を主体とした勉強会「地域未来研究会」の立ち上げにつながっています。

・「21世紀地域未来研究会」について
社会人にとって大切なこととして、「ほう・れん・そう(報告・連絡・相談)を徹底する」ことが言われていますが、今の若い人たちを見ていると「こんなことまで!?」と思うようなことまで「ほうれんそう」してきます。一方で自分の頭で考え、行動し、責任をとる能力がなくなっていないか。社会学者のマートンは、これを「訓練された無能力」と呼び、官僚制の弊害として挙げています。公務員の仕事を頑張れば頑張るほど、無能力になってしまう。これを改善し、自分の力で判断し行動できるような「戦う政策集団」を作ることがこの研究会の目的です。
企業も行政に依存するのではなく、個々の企業ではできないことでも互いにアライアンスを組んで、お互いの問題点や地域の課題解決に取り組む。「オールラウンダー」よりも「スペシャリスト」が集団になり、官民一体のプラットフォームになれるような場が作れないかということで、今年4月に研究会を立ち上げました。

本格的な人口減少を迎え、人手不足が言われる時代です。これを解消するためには、移民を受け入れて量を増やすか、生産性を上げていくか、2つしか方法はありません。
仕事の仕方、あり方も「労働集約型」から「知識集約型」を目指すことがイノベーションには欠かせません。県庁は建物が吹き抜け構造になっており、隣の課が何をやっているか、全く分からない情報の遮断が起きています。職員が喫煙所で一服していると、時に「けしからん」と県民からおしかりを受けることがありますが、もしかするとここでタバコを吸いながら情報交換したり、互いの悩みを語り合うことが「知識集約」につながっているのかもしれない。マイクロソフトや玩具メーカーのレゴランドなどイノベーションを盛んに起こしている企業は、カフェテラス的な場所で、違う部署の人間が互いに交流することで新しいことにどんどん取り組んでいると言われています。県庁の仕事も、朝8時に出勤して17時に退庁するまで机に座ってパソコンと向き合って報告書を書いていればいいという発想からの転換を図り、情報化社会に合わせた働き方を議論する必要性を感じています。

研究会では定期的にプロジェクト研究会を開催しています。自治体職員、民間企業の方も一緒になって特定のテーマについて掘り下げていく。今年度のテーマは「過疎地域における持続可能な暮らし」です。購買活動、観光、教育、交通といった分野で、机上の空論ではなく、それぞれのメンバーが実際に現地に足を運んで、地域の抱える課題を共有する活動に取り組んでいます。
鹿児島大学で実施された観光産業関係者と大学との意見交換会に呼ばれて、意見を述べたことがあります。観光産業も労働集約的な仕事が多くて、なかなか人材が集まらないという課題を抱えています。業界関係者からは「そういった人材を大学でも育成すべきではないか」という意見がありました。
確かにそういう面もありますが、一方で人が集まらないということは「観光産業自体に魅力がないのでは」と苦言も呈しました。昔ながらの浪花節的な人脈頼みの営業がまかり通っており、異分野に挑戦して新しい付加価値をつけていくよりは、手数料をとっていくだけの従来のビジネスモデルに固執して、新しいことに挑戦していこうとしていない。若者が挑戦してみたいと思うような魅力的な観光業界とは何か、考えていく必要があるのではないでしょうかと意見を述べました。
国や議員に陳情や要望するだけの「陳情型行政」からは脱却する必要があります。課題を整理して支援の必要な部分に焦点を当てた「政策提言型行政」へと転換していく。その方向性を決める人材が必要であり、この研究会を通して育てていきたいと考えています。
市民が国や自治体に「ああして欲しい」「こうして欲しい」と要望を挙げる際に、一般的なのは署名を集めることです。これはある一定の政治力にはなりますが、行政のできることには資源的、時間的、人員的制約があり、優先順位をつけていかないといけません。個々のニーズをいかにパブリックイシュー=公的な問題にしていくか。「私」の問題にとどまらず、広く「社会」に共通する問題でもあると課題設定する必要があります。民間の方にも「なんとかして欲しい」ではなく「こうすれば解決する」「そのためにこういう支援が必要だ」という具体的な提言をしてもらいたいです。
今年の県知事選の際には、研究会のブログで立候補者のマニフェスト分析をしたところ、大変な反響があり、今でも多くのアクセス数があります。地域住民の方は身近な行政に対して決して無関心ではないことを実感しました。寄せられた意見などを読んでいると、新聞やテレビなどのマスメディアが提供する紋切型や予定調和的な情報には、飽き飽きしており、個別具体の政策について「本当のところはどうなのか」知りたいと思っている人が多いのではないか。感情論ではなく、建設的に議論するための情報提供が必要であるとこのときの経験で学びました。

・地方創生の失敗例
 「箱物が地域を滅ぼす」具体例をいくつか挙げてみます。
 県内のある施設に行った際「おかげさまで来場者数300万人突破」との看板がありました。ここは主に観光目的で1996年に設立された場所です。20年間で300万人の来場者というと、これが全員大人620円の料金で入ったとしても単純計算で年間9300万円の売り上げしかないことになります。職員18人の人件費や敷地面積36.5ヘクタールの維持管理費を考えると、とうてい入場料収入だけでやっていけているとは思えません。今後、廃止も含めた見直しが必要なのではないでしょうか。
 98年開業の別の施設は69億円かけて、温泉施設、体育館、宿泊施設、会議場とあらゆる設備を兼ね備えた万能施設であるにも関わらず、年間2億円の維持費が賄い切れず、15年に地元自治体に無償譲渡され、現在稼働しているのは外のゲートボール場のみという状況です。
 これは自治体が箱物を作る際、「武士の商法」的で需要見込みの甘いマーケティングのやり方が原因として考えられます。以前、上海にいた頃、東海地区のあるショッピングモールが出店を考えて立地条件を調査した際に、1週間同行して勉強させてもらいました。該当地域を200m間隔で碁盤目状に区分けして、その範囲内を自転車でくまなく調査し、昼間と夜間の流動人口や、車の台数などを徹底して調査し、最適な場所を見つけるのに約3カ月を要していました。
 それに比べると、行政が箱物を作る際の立地の選定は、何となく良さそう、便利そうだとか、土地が余っているからなどの理由になっており、民間に比べて甘いところがこの失敗にもつながっていると考えています。

 ある地方都市であったリノベーションスクールも紹介しましょう。3日間、セミナー、ワークショップ、プレゼンテーションなど内容盛りだくさんで充実しているようにみえます。しかし、同じ時間帯、その町の繁華街を歩いてみると、日曜の午後であるにも関わらず、人通りは閑散としており、廃墟になった店舗も多い。セミナー開催は思考停止に陥った自治体の「アリバイ行政」になってしまう危険性がある。セミナーはあくまで「入口」であり、開催して実際にどんな効果があったのか、フォローして検証していかないと弊害になっているケースが多々見られます。
 最近では各自治体がPR動画を作成していますが、これにもいろいろ問題があります。最近では志布志市が「ふるさと納税」を呼び掛けるための「うな子」の動画がネット上で話題になりました。私は、ふるさと納税そのものにも疑問を持っていますが、都会の人に「養って」と訴えることが果たして地域の誇りになるのかと個人的には考えています。炎上したことである意味PRとしては成功したのかもしれませんが…

 「地方創生」というからには「地域が経済的に潤う」「住んでいる地域に誇りが持てるようになる」など具体的な成果が求められます。PR動画の作成もその目的達成のための手段の一つにすぎません。大切なのは「PR」ではなく「マーケティング」です。マーケティングとは「何を」「いくらで」「どこで」「どうやって」といった様々な項目を検討することで、PRはあくまでもその一環にすぎません。何を目的にして費用対効果も明確ではないのに、何か仕事をしたような錯覚に陥る便利な言葉として「PR」が使われていないでしょうか。地域にお金が落ちるという目的ならば、広告を打ったり、物産フェアをしたりと様々な方法があるにも関わらず、隣の町が動画を作成したらうちもというような考え方はナンセンスだと思います。
 PR活動も本来の目的は、その地域にある企業が、売りたいもの、場所を明確にして経済活動を促進するためであるにも関わらず、自治体の知名度を上げるための自己満足的な、言葉を変えれば広告代理店を喜ばせるためだけの活動になっていないか疑問を感じています。
 2010年からは県職員の研修に民間のマーケティング理論に関する研修を盛り込むよう提案しました。現在は、研修の中で、マーケティング専門企業の講師による研修が実施されていますが、民間と自治体とではマーケティングのやり方も若干違いがあるように感じているので、私が在職中に自治体用にカスタマイズされたマーケティング手法を考案できればと考えています。

 民間企業と地域の「連携」も言われていますが、これにも疑問を感じることがあります。ある銀行と自治体で、オリーブオイルの会社を設立し売り出していこうということになりました。しかし、世界的に見ればスペインやイタリアのオリーブオイルに対抗していくためには相当な労力が必要になってきます。専門商社関係者から見れば、見通しはかなり厳しいと言われています。
 地域振興の現場で起こりがちな錯覚として手段の目的化があります。連携はあくまで「手段」であり、それによって相乗効果やイノベーションが生まれることが目的です。連携自体が目的の活動が行き着く先は、責任の曖昧化です。責任の持てるプロフェッショナルを育てていかないと、最終的には空中分解してしまうのではないでしょうか。

・政策の理想像−パソコンを捨て外に出よう!
 職場のIT化によって、作業の効率化はできました。しかし、朝出勤し挨拶をすませると、あとはパソコンと向き合うだけの作業になってしまう現状があります。メールのやり取りだけでコミュニケーションしたような気になってしまい、実際の言葉の裏に潜む感情を読み取れない人間が増えている気がします。メールの文言で「いいよ」と承諾の返事がきても、積極的に賛成しているのか、しぶしぶ了解しただけなのか、直接言葉を交わさなければ分からないことがある。こういったやりとりだけで政策を決めていくと実際の問題とは乖離した政策に陥る危険性もあります。
 ソーシャルメディアの普及によって、従来あるような根回しや事前調整がうまくいかない時代になっています。根回しをしたつもりでも翌日どこかにアップされて漏れてしまう時代です。ならば、そういう時代であることを自覚し、その政策を決めた背景やなぜそうなったかをある程度オープンにしていく説明責任が、我々公務員にも求められています。

 公務員も安易に組織に寄りかかるのではなく、1人1人がプロフェッショナルとして、利害関係者に説明し、時に議論する存在なる必要があります。出る杭は打たれますが、出過ぎた杭は打たれないぐらいの覚悟をもってやって欲しいと考えます。
 行政の現状を3つ挙げます。実際に課題は解決していないのに「やりました」という「アリバイ行政」、既存の成功事例にただ乗りするだけの「アリババ行政」、別の部署や民間に責任を回避してしまう「スルーパス行政」です。民間の皆さんは「行政とはそういうものである」と踏まえた上で、それをうまく活用するぐらいの意気込みで付き合ってください。
 施策や対策を行政だけで完結させるのではなく、地域の利害関係者を巻き込み、時にはその批判も受容するような公務員、行政への転換が求められています。今後の行政の方向性として、利害関係者と計画段階からきちんと目的を共有することが大事です。事業実施後は目標に応じて達成状況を評価する。達成されていなかったら替わりの政策を検討していくという作業が必要になってきます。
 1つの課題に対しては1つの政策で対処する「ティンバーゲンの定理」というルールが政策論の教科書に載っています。1つの課題には1つの政策で対処し、別の課題が出てきたら別の政策で対応する。一石二鳥の政策はよほどの天才でないと生まれません。こういったことが可能である行政を地域の住民、民間企業、NPO、議員も巻き込んで作っていくのが私の理想です。