平成27年9月十三会例会

●例 会 内 容

  日 時:2015年9月14日(月)19:30− 会場:歯科医師会館 4F


●講 演

「憲法9条に関する閣議決定をめぐって〜憲法解釈の変更とはどういうことか〜」

●講 師
小栗実教授 (鹿児島大学法文教育学域司法政策学系法科大学担当)


講 演 内 容
 


国会で安保法制の審議が今まさに大詰めを迎えようとしている時期に、タイムリーな講演でした。
昨年、安倍首相が集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、今国会で安保法制が取り沙汰される中、憲法学者による憲法解釈、立憲主義といった言葉がクローズアップされるようになりました。今回は憲法学者である小栗先生をお招きし、安保法制に関する賛否ではなく、そもそも憲法とは何か、憲法解釈とはといった基本的な概念から説明していただきました。注目度の高い話題にふさわしく、講演後も、また懇親会でも会員同士の活発な議論がなされ、有意義な例会となりました。

1=憲法とは何か
 憲法とは「国の最高法規である」と日本国憲法98条に規定されています。国家権力を制限づける法であり、基本的人権や国家の民主的な仕組みについての基本が述べられています。
 政府、国会、地方自治体が制定する法律や条例、命令などは常に憲法に適合していなければなりません。これが立憲主義ということです。
 憲法は他の法律と違って、簡単な条文で構成されているのが特徴です。例えば憲法23条は「学問の自由は、これを保障する」となっています。どんな税金を、どんな要件で徴収するかなど細かく複雑に記載した税法などと比べると、憲法は極めて分かりやすい条文になっています。

2=憲法解釈とは何か
 憲法の条文自体は簡潔明瞭ですが、その中から必ずしも唯一正しい解釈が導かれるわけではありません。
 例えば憲法23条は「学問の自由」を保障しています。自由に学問できるなら、小中高校の先生は、教科書に縛られることなく自由に教えたいことを教えるべきではないかという考え方もできる。しかし、ある程度の個人の裁量は認められても、基本的に小中高校の先生は国の検定に合格した教科書を使うことになっています。
これと「学問の自由」との整合性をどうつけるかというわけですが、発育途上の小中高校生に対しては、一律に基礎的な知識や学力を身につけさせなければならないという考えをとっているから、今のような教科書制度が維持されているわけです。

1+1が必ず2になり、水素と酸素を化合すれば水ができるように、自然科学には唯一の「正解」がありますが、憲法解釈の場合は、解釈する人の価値観・立場・利益によって、千差万別の解釈が成り立ちます。
安保法制の場合は、戦争放棄を謳った9条に対する解釈がまさに問われているわけですが、賛成反対いずれの場合でも、その解釈にいかに説得力があるか。憲法の理念・歴史・現実などから、万人に対していかに説得的な説明(解釈)ができるかが問われているのです。

3=憲法9条の解釈と安保法制
 ご存知のように9条の1項では戦争と武力行使は国際紛争を解決する手段として永久に放棄することを宣言しており、2項ではその目的を達するために陸海空軍その他の戦力は保持しないことが明記されています。
 この条文が盛り込まれた背景には、米国を中心とするGHQが、天皇制の存続を認める代わりに戦力の放棄を謳うことで日本に侵略されたアジア諸国を納得させようとしたこと、悲惨な戦争を体験した日本国民の大半がこの条文を支持したことなどがあります。
 1947年の憲法制定当時から、9条をめぐっては様々な議論がなされてきました。50年に今の自衛隊の前身である警察予備隊が設立された際には、「再軍備ではないか?」との批判があったのを時の吉田茂首相は「あくまで警察の範囲であり、戦力ではない」と説明しました。その4年後に自衛隊が創設された時は、「戦力ではないか?」との批判に「自衛のための必要最小限の『実力』である」と説いていました。
 50年代の日米安保条約、90年の湾岸戦争における自衛艦の派遣、92年のPKO、03年のイラク特措法…9条との整合性が問われてきたのを、政府は内閣法制局を中心に合理的な憲法解釈を導き出そうと反対勢力と攻防を繰り広げた歴史があります。

 昨年7月、安倍内閣は、これまで歴代内閣が違憲として認めてこなかった集団的自衛権の行使容認を閣議決定しました。閣議決定とは政府による憲法解釈の一つ。憲法学者の解釈は一私人の意見ですが、政府の憲法解釈は「有権的解釈」と呼ばれ、裁判所や国会と並んで、この解釈に基づいて政府が行政を執行し、社会を動かせる効力を有しています。
 安倍内閣が行使容認に踏み切ったのは、中国の海洋進出など現在の日本の安全保障環境の変化を理由に挙げています。
 自衛権発動の新3要件の一つとして「わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」が新たに提示されました。
 この閣議決定に基づき、今年4月に日米ガイドラインが改定され、今国会で安全保障関連法案が審議されているのです。

 安倍内閣による憲法解釈の変更に対して、反対派はこれまでの日本の安全保障の大前提だった「専守防衛」の原則を崩し、憲法解釈の枠組みの逸脱したものだと批判しています。
 これまでの政府は72年の田中内閣の見解のように「他国に加えられた武力攻撃を阻止することをそのないようとするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」としてきました。それを一内閣の解釈変更で集団的自衛権の行使容認ができるとするのは「立憲主義」の否定ではないか。容認するならば、まずは憲法9条を改正するのが筋ではないかと訴えています。
 これに対して政府はこのような解釈もこれまでの自衛権の説明の枠を外れるものではないと反論しており、両者の主張は真っ向から対立しています。

 今国会でなされている議論は、政府が打ち立てた新たな解釈が、果たして憲法解釈の枠を超えてしまっているのかどうか? 憲法の条文・基本理念・歴史・現実などを考慮した上で、国民に対して説得的な説明(解釈)ができているのか? これらが問われているのです。